魂は知っている
人の行動の動機は
「痛みを避けて快楽を得るため」という説があります。
確かに今までの自分の行動を振り返ってみても、
思い当たることはたくさんあります。
例えばお金を工面するために、
本当の自分の声は「やりたくない」と言っているにもかかわらず、
「食っていくために」とか「女房子供を食わせるために」という理由で、
その仕事を引き受けたりすることは、日常茶飯事ですよね。
僕らの想いの軸はあるんだけれども、
イメージは常に漠然としているわけじゃないですか。
だからまずは『自分の声』にしたがって行動してみて、
違和感があったり、うまくいかなかったりした場合は
自分と対話をしながら試行錯誤して進んでいく。
その中から
「あ、もしかしたら自分がイメージしていたのはこれだったかも。
本当に求めていたのはこれだったかも。」
っていうのがあるでしょ。
例えば仕事でもいいですし、恋愛でもいいですし、
趣味とかスポーツとか何でもいいんですけど。
これを『的の置き換え』っていう方もいらっしゃるのですが、
イメージのすり替えとでもいいますか、諦めとはまた違うものでしょ。
とにかく自分の中でしっくりきていれば、それでいいと思うんですよ。
例えば僕の友人Fの場合だと、バスケットボール。
彼は小学校の頃からバスケをやっているんだけども、
ずっと続けてこれたわけじゃない。
そのときそのときで、Fさんの中で
バスケより優先しなければならなかったものがあったときは、
バスケができなかったそうです。
それは、勉強だったり、大きなケガだったり、仕事だったり。
でも自分の中でバスケのない生活は、
心がどこか満たされていなかったそうです。
何か物足りないと感じていた。
「何が足りないんだろう」って考えたら、バスケだったそうです。
バスケと一緒に喜びを分かち合える仲間だったそうです。
だから今でも続けている。
やっぱりバスケなんてハードなスポーツだから、
30歳を過ぎてもやる人って少ないそうです。
もちろん体力的な部分や、仕事や結婚して子供ができたなど
色々な要因があるみたいですけど。
でも続ける人は続けるそうです。
大人になってブランクが空くと、
体力的にはかなり厳しくなるみたいですけど、
それでも戻ってくる人もいる。
たとえバスケで手術をしなければならないほどの大きな怪我をして、
会社に迷惑をかけても、続ける人はやっぱり続けるんだそうです。
入院中は「もう辞めなアカンわ」と言っていたにもかかわらず(笑)。
別に彼らはプロでもなければ、
過去にものすごい結果を残した人たちでもないのに。
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